読売新聞の「生活に関するアンケート調査」によると調査を続けた30年の間というもの、
毎年、日本の国民の90%前後が「わたしは幸福です」、と答えているという。
そして「あなたにとって幸福とは、何ですか?」という質問に対しては、ほとんどの人が、
「何事も起こらないこと」の欄に○をつけているそうだ。
「おっとっと--。こりゃあ、読みまちがえたか」と、もう一度初めから読み直したが、やっぱりそう書いてあった。
「何も起きない」という意味は,「良い事は起きても良いけど、悪い事は起きないでね」とか、
「無事である」とか「昨日と同じ」という意味なんだろうが、もっと言えば「変わるのは嫌よ」「変えるのは嫌」、「みんなと同じがいい」という事だろう。
---ちょっと、寒くなった。
ひとつの銀河に21億個の☆があり、宇宙の中に、銀河は今のところ数えられるだけでも21億銀河あるというではないですか。変わらない事も安心できて居心地は良さそうだけど、やむおえずにせよ、変化しながら生きていくことは、これはこれで面白いもの。
わたし、つねずね人から「ワキが甘いのよ」とか、「ほんと、あなたって極端!!」とか、離婚する準備をしていた時は、弁護士に「あなたみたいな人を”極楽とんぼ”っていうんですよ」等と言われながら、今まで生きて来た。おかげで退屈知らずだったな、と思う。
でも、もし、お金も、愛情も、健康も、充分に持っていて、ほくほくと生活しているならば、
わたしもそれらを「手放したくない、変わるのはいやだ」って思うかな?
あいにく、わたしは全部に不足しているから、選択肢がなくてこんなこと言っているのかもしれない。
先日、行われた同期会で、クリスチャンの恩師がこんな事を言っておられた。
「みなさん、自分ではどうにもならないそれぞれの人生の条件があります。
その中で、どうやって工夫して楽しく生きていくか、が大事ではないでしょうか?」
----- 本当にそうです。
お金や、愛情や、健康、その他もろもろ --- が、あっても無くても、人生上の変化が、あっても無くても、
受け入れて、楽しく生きていきたいな。
回って来たカードが悪いからって、ゲームを降りたら、
メンバーもやる気をなくしてしまうじゃない?
悪いカードが来ても、工夫をこらしてゲームを続けていると、誰かが助けてくれる。
わたしはたくさん助けてもらった。
わたしもきっと助ける。
火曜日, 9月 30, 2008
月曜日, 9月 22, 2008
望むところは--
夏になったら、
あれして---
これして---
あそこに行って---これをして、ウフフ。
--と思っていたけど。
夏は終わった。
秋になったら、ヤッパリ
あれして---
これして---
あそこに行って---
あれをしよう、ウフフ。
あれして---
これして---
あそこに行って---これをして、ウフフ。
--と思っていたけど。
夏は終わった。
秋になったら、ヤッパリ
あれして---
これして---
あそこに行って---
あれをしよう、ウフフ。
土曜日, 9月 13, 2008
棚からおろしてみると。
本を”おとり置きした事をすっかり忘れていたローラさんと、
そのことで大笑いしたあと、
いくつかの情けない記憶が戻って来たので、棚からおろしてみた。
今は、月夜の晩にタヌキが出るようなところに老母と住んでいるが、20年前のわたしは、目の前にサミットストアー、という、当時の私の状況にとって、非常に便利な地域に住んでいた。
--- ので、わたしが外出した日の「締め」は、当然、本屋での立ち読みである。
さんざんただ読みをして店を出ると、歩道の脇に自転車が十数台並んでいる。
その群れの中に、わたしのものとよーく似た古びて地味な自転車があった。
見るたびに「へー、わたしみたいに、何でも長持ちさせる人がいるのね、感心、感心」と思っていた。
ところがいつ行っても同じ位置にあるので、ちょっと不思議な気持がしていたことも事実である。
しばらくしてから、娘の友達の愛ちゃんがわたしに言った。
「おばちゃんの自転車、ずーっと本屋さんの前に置いてあるよ。持って帰らないの?」
絶句----。
ですから、何か失くなった時は、自分の立ち寄先を辿って
「あのう---、すみませんが--」と、恐縮しながら、探しまわる事にしています。
(行った先で、別の物をまた忘れてくるのですが--.)
いつかは、サミットで買ったはずのトイレットぺーパーが、家に入ったら、「あらっ?ない!」
なんと手ぶらで帰って来てしまったのだ。
もしやと思って、窓からのぞいたら、ヤッパリ!!トイレットぺーパーの12個入り袋が、ポツンとひとりで信号まちしているではありませんか。
信号が青になるのを待っている間に、つい、道路に置いてしまい、そのまますたこら家まで歩いてきたのね、わたし。
すぐ取りに行ったけど、行きも帰りも、ホントに恥ずかしくて、顔を上げられなかった。
サミットから、店内備え付けのバスケットのまま帰宅した事もあった。
帰宅してドアの鍵を開けるとき、買って来た荷物を下に置いたが、いつものようにグダッと倒れる動きがない。
「ン、倒れない。どうして?」
不吉な違和感を感じて足下を見れば、
当然そこにあるはずの、そして目におなじみのサミットの白いビニールの袋はなく、頑丈な黄色い店内用バスケットが、パンだの野菜だのを満載して、スックと立っているではないですか。これってありえないことである。
瞬間にそう思うのもおかしなものだが、わたしは知らずに万引きをしてしまったかと思ったのだ。
私の脳内ではすでに、おまわりさんがこん棒を振り回しながら追いかけてくるフィルムが回っている。
あぁ、どうしよう!!
こういう時の判断は、わたしは素早い、誰か見てやしないかと周りを確かめてから、ドアを細く開けて、音も無く家に入った。
だって、追っ手がそこまで来ているかもしれないじゃない??--
ドキドキしながらすぐに財布を開けてみたのは、
レシートがあるかどうか、を確認したかったから。
レジを通過した記憶は全然なかったので、何か考え事でぼんやりしていて、お金を払わないで来てしまったのではないかと、思ったのね。
万一払っていなかったら、これって立派な万引きになる。「ああ、こまった、私の将来はどうなるの?娘の将来はどうなるの?」---。
レシートはあった。「よっしゃー」(ここからもう、強気ね!)
そして、小学生だった娘をよんだ。
「サミットに行ってレジのおばさんに、
”お母さんが間違えて持ってきたから、返します”と言ってきて」そう言ってバスケットを渡しました。
「はーい!」と言って、娘は屈託なく空のバスケットを腕にかけ、出かけて行った。
そしてサミットで知り合いのおばさんに会ったそうである。
「あら、どうしたの?」と聞かれたから、説明したそうだ。
「そう、あなたも大変ね」と言うから「はい」と言ったそうだ。
(すまん)
そのことで大笑いしたあと、
いくつかの情けない記憶が戻って来たので、棚からおろしてみた。
今は、月夜の晩にタヌキが出るようなところに老母と住んでいるが、20年前のわたしは、目の前にサミットストアー、という、当時の私の状況にとって、非常に便利な地域に住んでいた。
--- ので、わたしが外出した日の「締め」は、当然、本屋での立ち読みである。
さんざんただ読みをして店を出ると、歩道の脇に自転車が十数台並んでいる。
その群れの中に、わたしのものとよーく似た古びて地味な自転車があった。
見るたびに「へー、わたしみたいに、何でも長持ちさせる人がいるのね、感心、感心」と思っていた。
ところがいつ行っても同じ位置にあるので、ちょっと不思議な気持がしていたことも事実である。
しばらくしてから、娘の友達の愛ちゃんがわたしに言った。
「おばちゃんの自転車、ずーっと本屋さんの前に置いてあるよ。持って帰らないの?」
絶句----。
ですから、何か失くなった時は、自分の立ち寄先を辿って
「あのう---、すみませんが--」と、恐縮しながら、探しまわる事にしています。
(行った先で、別の物をまた忘れてくるのですが--.)
いつかは、サミットで買ったはずのトイレットぺーパーが、家に入ったら、「あらっ?ない!」
なんと手ぶらで帰って来てしまったのだ。
もしやと思って、窓からのぞいたら、ヤッパリ!!トイレットぺーパーの12個入り袋が、ポツンとひとりで信号まちしているではありませんか。
信号が青になるのを待っている間に、つい、道路に置いてしまい、そのまますたこら家まで歩いてきたのね、わたし。
すぐ取りに行ったけど、行きも帰りも、ホントに恥ずかしくて、顔を上げられなかった。
サミットから、店内備え付けのバスケットのまま帰宅した事もあった。
帰宅してドアの鍵を開けるとき、買って来た荷物を下に置いたが、いつものようにグダッと倒れる動きがない。
「ン、倒れない。どうして?」
不吉な違和感を感じて足下を見れば、
当然そこにあるはずの、そして目におなじみのサミットの白いビニールの袋はなく、頑丈な黄色い店内用バスケットが、パンだの野菜だのを満載して、スックと立っているではないですか。これってありえないことである。
瞬間にそう思うのもおかしなものだが、わたしは知らずに万引きをしてしまったかと思ったのだ。
私の脳内ではすでに、おまわりさんがこん棒を振り回しながら追いかけてくるフィルムが回っている。
あぁ、どうしよう!!
こういう時の判断は、わたしは素早い、誰か見てやしないかと周りを確かめてから、ドアを細く開けて、音も無く家に入った。
だって、追っ手がそこまで来ているかもしれないじゃない??--
ドキドキしながらすぐに財布を開けてみたのは、
レシートがあるかどうか、を確認したかったから。
レジを通過した記憶は全然なかったので、何か考え事でぼんやりしていて、お金を払わないで来てしまったのではないかと、思ったのね。
万一払っていなかったら、これって立派な万引きになる。「ああ、こまった、私の将来はどうなるの?娘の将来はどうなるの?」---。
レシートはあった。「よっしゃー」(ここからもう、強気ね!)
そして、小学生だった娘をよんだ。
「サミットに行ってレジのおばさんに、
”お母さんが間違えて持ってきたから、返します”と言ってきて」そう言ってバスケットを渡しました。
「はーい!」と言って、娘は屈託なく空のバスケットを腕にかけ、出かけて行った。
そしてサミットで知り合いのおばさんに会ったそうである。
「あら、どうしたの?」と聞かれたから、説明したそうだ。
「そう、あなたも大変ね」と言うから「はい」と言ったそうだ。
(すまん)
Its Nice Taste

Blue Parrot では、
お客さんからのブックリクエストも受け付けるし、”おとり置き”もしている。
名前と日付を書いた紙をつけて、カウンター後ろの棚に置いておくのだ。
(このようにね)
”おとり置き”が長くなると、Stephen がメールを出す事になっている。これは彼の仕事のひとつね。
メールを見て今日、ローラさんが来た。
「Stephen から”おとり置き”のメールを貰ったけど、わたし”すっかり忘れていた。
先週はBlue Parrot に三回も来たでしょう? その度に棚の上の本を見て、“Nice taste!", "Same taste、良い趣味ね!"と思っていたの。あれ、私のだったのね」
彼女はすっかり忘れていた。
その上「好きな本ばかりなので、見せてもらおうと思っていたのよ」--という。
「書いてある名前を見ても”あら、私とおんなじだわ!”って思ったりして---」
----などと言いあって、ふたりで大笑い。
彼女は友達の分まで、
”彼女、これ、きっと好きよ”と、
おとり置きを頼むような、
友情に篤い女性でもある。
今週も終わった。
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